大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)8596号 判決 1968年1月27日

原告

濡髪ヒナ

被告

吉田明

主文

被告は原告に対し金一、〇八六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年九月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二、三一一、五〇〇円およびこれに対する昭和四一年九月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因としてつぎのとおり述べた。

「一、昭和四〇年一〇月一四日午後八時四五分頃、東京都江戸川区小岩町二丁目三、一九四番地先交差点において、訴外吉田恭二は被告所有の自家用普通乗用車(千五な八一九六号、以下被告車という。)を運転して市川方面から小松川方面に向け進行中、同所にある横断歩道を右から左へ(被告車から見て)歩行中の原告に被告車を接触させて、原告に頭部打撲兼挫創、顎骨々折、上門歯骨折、両下腿骨折等の傷害を蒙らせた。

二、(一)原告は右の負傷のため、事故直後から昭和四一年五月一七日まで片山病院と柳橋病院とに入院加療したが、骨盤と両側下腿の骨折は変形治癒し、また両側膝関節不全拘縮となり、現に両側膝関節痛、正座不能、長時間起立不能等の後遺障害があり、歩行するには杖を必要とし日常生活はきわめて不自由である。

(二)右の入院治療費および入院中の職業付添人の賃金については被告がその支払をしたが、その他原告は入院中の副食費等の諸経費金二一、〇〇〇円の支出をなし、また入院後一週間は原告の長男が付添いをなし、付添人の賃金相当額金一〇、五〇〇円(一日金一、五〇〇円の割合)の損害を受けた。

(三)原告は事故当時六二才の女性で、インド大使館において雑役婦として働き、すくなくとも月収金一〇、〇〇〇円を得ていて、もし本件事故にあわなければ、さらに同年令者の平均余命である一三、八年の間働いて同程度の額の収入を得る筈のところ、これを失い同額の損害を蒙つた。その総額をホフマン式計算法により一時払額に換算すると金九八〇、〇〇〇円である。

(四)原告は右のとおり負傷の結果働くことができないのみならず日常生活も不自由となり、多大の精神的苦痛を受けている。その慰藉料としては金一、二〇〇、〇〇〇円が相当である。

(五)原告は本訴提起を本件訴訟代理人に委任し、手数料として金一〇〇、〇〇〇円を支払つた。これも本件事故により原告の受けた損害である。

三、よつて被告車を自己のために運行の用に供する者であつた被告に対し、前項(二)ないし(五)の損害金合計金二、三一一、五〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年九月一六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁としてつぎのとおり述べた。

「一、請求原因第一項記載の事実は認める。

二、同第二項中原告がその負傷治療のため入院したこと、原告が当時六二才の女性であることは認め、その余は争う。

三、(一)本件事故現場は幅員八・二米の交通量の多い道路であつて、信号機の設備もなく街路灯もなかつたので夜間は暗く、殊に当日は雨天のため一層横断歩道の存在およびその位置はわかりにくい状態であつた。

(二)被告車の進行する車道に対向する側の車道には自動車が長く列をなしていたのであるが、原告は訴外佐々木サダヨと黒い洋傘一本に二人が入つて対向車両の間から左右の安全の確認をすることなく、突然被告車の進路へとび出した。被告車の運転者恭二は発見と同時にブレーキを踏んだが間に合わず本件事故を惹起したのであつて、原告の不注意な道路横断が事故発生の重大な原因になつている。

しかも原告は入院中および退任後においても医師の指示に従わず、そのため変形治癒に至つた。

よつて原告の右過失は損害額の算定につき斟酌されるべきである。

四、なお被告は事故後原告に対し、病院への見舞、必要品の購入、転院の世話、マツサージ師の紹介等につとめ、入院付添費、マツサージ料等の外、入院中の小遣銭や見舞金など合計金七四二、六七九円を支出し、誠意を示している。従つてその点は原告の慰藉料の算定に際し考慮さるべきである。」

原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し、つぎのとおり述べた。

「一、被告の答弁第三項記載の事実中(一)は認めるが、その余は争う。

二、同第四項中被告が原告のため、その主張額の金員を支出したことは認め、その余は争う。」

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。よつて被告車の所有車たる被告は被告車を自己のために運行の用に供する者として、右の事故により原告の蒙つた後記損害を賠償すべきものである。

二、過失相殺の抗弁につき判断する。

被告の答弁第三項(一)記載の事実は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、事故直前恭二は被告車を運転して市川方面から小松川方面に向け時速約四〇キロで進行したが、混雑のためじゆずつなぎのようになつて進行する対向車のライトが直接または雨に濡れた道路面に反射して間接に目に入り運転しにくい状態にあつたのに、速度を落すことなく前進して前方注視が不十分となり、事故現場に横断歩道が存することにも気付くことが遅く、そのため対向車のあいまを通り抜け黒つぽい洋傘一本に一緒に入りながら横断歩道上の右から左へ(被告車から見て)歩行して道路を横断中の原告および佐々木サダヨの発見が遅れ、発見した後直ちに急制動の措置をとつたものの濡れた路面上を車がスリツプして間に合わず、もつて被告車の前部を原告らに接触させるに至つたこと、他方原告は横断開始前被告車が市川方面から走行してくるのは認めていたものの、被告車が横断歩道に到達前に横断を完了しうるものと信じて横断を始めたのであるが、被告車が意外に早く進行してきたため、これを避けることができなかつたことがそれぞれ認められる。

以上認定の事実によれば、原告にも道路横断につき全然過失が存しなかつたとはいえないにしても、恭二の前示前方注視不十分、速度の出しすぎ、横断歩道手前の不徐行等の過失に比するときは僅少であつて、原告の損害額を算定するにつき、これを斟酌すべき程度のものとは認められない。

また原告が負傷治療中医師の注意を守らず、そのため症状を悪化させたとのことは、これを認めるべき適確な証拠が存しない。よつて過失相殺の抗弁は理由がない。

三、つぎに損害について判断する。

(一)  原告が本件事故により受けた負傷治療のため事故直後から昭和四一年五月一七日まで片山病院と柳橋病院とに入院したことは当事者間に争いがなく、原告が入院中日用品等を購入したことは原告本人尋問の結果により認めることができるけれども、その支出額がいくらかについては、これを認めるべき証拠がない。

つぎに〔証拠略〕によれば、入院当初原告には付添人が必要の状態であつたが、直ちには人を得られなかつたので付添婦が見付かるまでの六日間原告の長男が付添つたことが認められる。よつて当裁判所に顕著である当時の通常の付添人の賃金一日金一、〇〇〇円の六日分合計金六、〇〇〇円については、原告が現実に支出したものではないとしても、付添費用として右同額の損害を蒙つたと認めるが相当である。

(二)  〔証拠略〕によれば、原告は事故当時掃除の請負を業とする扶桑商事有限会社に勤め、雑役婦として同社からインド大使館に派遣されて働いていたものであつて、すくなくとも月収金一〇、〇〇〇円を得ていたところ、本件事故による負傷によつて以後労働が不可能となり右の収入を失い同額の損害を蒙つたことが認められる。そして当事者間に争いのない事故当時の原告の年令が六二才であつたことから考えると、原告はその後約三年は働いて右と同程度の収入を挙げることができたと認めるのを相当とする。いま右の原告の失つたうべかりし利益の総額についてホフマン式計算法(月毎)によりその一時払額を求めると金三三〇、〇〇〇円(金一〇、〇〇〇円未満切り捨て)となる。

(三)  〔証拠略〕によれば、原告は本件事故後前示のように入院してその治療に努めた結果一応の治癒を見たが、現在なお骨盤変形治癒骨折、両側下腿骨変形治癒骨折の後遺障害があり、その程度は労働者災害補償保険法における損害等級一〇級に相当するものであつて、現に正座不能、長時間起立不能、階段の昇降不自由等の自覚症があり、生活に不自由をしていることが認められ、よつて原告は多大の肉体的、精神的苦痛を蒙つたものということができる。これを慰藉するためには、当事者間に争いがない被告は従来原告に対し、その入院費、付添費、マツサージ料のすべておよびその他の費用として合計金七四二、六七九円を支払ずみであることをも斟酌して考えると、原告は金七〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(四)  〔証拠略〕によれば、原告は被告との話合いがつかないので、本訴の提起を弁護士佐々木良明に依頼し、手数料として金五〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。これも本件事故により原告が蒙つた損害と認めることができる。

四、以上により、被告は原告に対し、前項(一)の金六、〇〇〇円、(二)の金三三〇、〇〇〇円、(三)の金七〇〇、〇〇〇円、(四)の金五〇、〇〇〇円、以上合計金一、〇八六、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日たること明らかな昭和四一年九月一六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべく、本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は理由なしとして棄却すべく、、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例